Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。

 29日は横須賀市内で「Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。」に参加させていただきました。

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今回参加してくださったのは、ウィキペディア執筆者やら図書館関係の皆様、のりまきさんの古くからの知人、なんだろうさん。合計12名が横須賀の街をぞろぞろと歩きました。

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浦賀駅の改札を抜けると、小雨がぱらつく空模様ではありますが、ハイカー(という言葉はあるのだろうか)の格好をした老若男女が改札前に多量集結しておりました。なかには、マリオとルイージの被り物を被った"おじさま"までいらっしゃり、私は状況が読めとれませんでした。さて、のりまきさんと合流すると名刺交換会が始まりましたが、私はここで袋からおもむろにB4判3つ折りの行程表を配り始める。そこにはパブリックドメインの横須賀写真が表紙にあしらわれたガイドペーパー。文章はのりまき先生の自作で、私が地図合成から図版構成までさせていただいたところです。

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さて、浦賀から9時過ぎの久里浜駅行きのバスに乗り込んだ一行は、一路最初の目的地に向かいます。最寄りのバス停まで駅から10分ほど移動したところで下車。そこから一本道をひたすら進むこと10分くらい。浦賀港の入口に立つ「燈明堂(とうみょうどう)」に到着。浦賀の入り口に立つ建屋は平成元年に復元されたものだそう。

説明が終わると、一行は海の地形を気にする人、岸壁のコンクリートブロックに注目する人、建築の基礎石を気にする人、それぞれがそれぞれの視点であっちこっちを見始めました。のりまきさんはその情景を見て皆さんの方向が全く違うことに関心し、楽しんでいるようにも思えました。

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30分後、一行は久里浜方面に向けて歩き出しました。途中、海の岩をくりぬいたトンネルを歩いたり、道祖神をのぞいてみたり、みなさんの興味は留まることを知らない。

つまりは予定移動時間にすべてが収まらなくなってきます、ですが私も気にしていませんでしたので、そこは悪しからず。

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徒歩20分、ペリー公園・記念館に到着。のりまきさんからは、ペリー公園に設置された記念碑に使われいてる素材について、ウィキペディアの記事が持っている内容(花崗岩)と現実が違うということを語られる。田子さんと伊深さんは、レファレンスできないのか、という突っ込みを入れるが、一次資料も二次資料にも記載がないことからしょうがなくこのままにしているという。ただ、このままだと情報の鵜呑みが始まる可能性が高いと、お二人は警鐘していた。

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ペリー公園と記念館にいた約1時間、一行は掲出されている史料とのりまきさんの解説を聞きながら時間を過ごします。私一人で記念館を訪れていたら30分もいなかったかもしれないです。逆に言うと、解説は必要。ということでしょう。三浦半島の地形を見ながら、なぜ浦賀ではなく、久里浜で国書を受け取ったのか、訪問団のある一団が羽田まで訪問していたこと、小笠原諸島を訪れ、その内容を詳細に記録していたことなど、展示史料だけでは読み解けないことが多かったのが印象です。

一行は久里浜駅方面に向かいます。昼食は京急久里浜駅近くの第二ひさご寿司。1,080円のランチを一人ずつ注文を決める時間かと思ったところ、のりまき先生がA4用紙2枚をカバンから取り出し「これから自己紹介をします」と言い出したもんだから、対岸に座っていた私は「のりまきさん、自己紹介文、A4 二枚じゃないですよね!?」とすかさず突っ込みを入れてしまう。すると、他己紹介が突如スタート。持っていた膨大な原稿には参加者一人一人の他己紹介が書かれていました。ひとり2分の他己紹介が行われ、というよりSwaneeさんなど執筆者陣は5分くらい他己紹介していたかも、というくらい原稿量がありました...。他己紹介と自己紹介が終わり、それぞれランチメニューが到着。

  • 9名 にぎりランチ(うち二人は数貫多めの大盛)
  • 2人 ちらしずし丼
  • 私 まぐろ丼

私はのりまき先生の対岸、テーブルのいちばん端に司書のお二人や中俣先生と一緒に座っていました。テーブルでの話題は、ウィキペディアタウンが持つ役割、参加のきっかけなど。

昼食を食べた一行は、京急久里浜駅に向かいました...が、のりまき先生は、エキナカ「wing久里浜」に突入。一行は驚きのコメントが隠せません。たどり着いたのは、浦賀に本店を構える精栄軒の店舗。先生は、奥様へのお土産を購入するらしい。それに便乗して私も「おもちどらやき」を6個購入。(どらやきは翌日おいしくいただきました)

JR久里浜駅まで5分ほど移動して、横須賀線に乗車。電車は横須賀線の造血部分4両編成。横須賀線のこの短さは初めての経験で、かなり新鮮でした。

横須賀駅に到着した一行は駅構内を見渡し、鉄骨や駅にあるカレーライスに目が移る。行程では全く見るところがないような鉄道建築もやはり楽しいことを感じていただけているようでした(私自身は鉄分が多いので元から好きだったりもする)。

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駅前にあるヴェルニー公園、記念館。記念館の中に足を踏み入れると、巨大で圧巻される大きさのスチームハンマー。平成の時代まで現役で活躍していたというのだから驚きである。ハンマーの隅々まで見る方、大きな窓から横須賀基地を見られる方など。20分後には全員が開設モニターの前に集合して、「鉄を打つ-その技術と未来」の鑑賞。急にミス横須賀が登場したり、内容が小学校の社会科の授業に変わったりする映像に対して突っ込みと質疑応答をしながら、あっという間にそこでも1時間程度が経過してしまいました。

ヴェルニー公園から、横須賀のドックをのぞいていると、急にドックの壁(表現があっているのがは不明)が動き出しました。ちょうど米軍の船舶メンテナンスが終わったようで、ドックから出場するタイミングでした。ここでもあっという間に30分が経過してしまう。

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一行、海から山側へ一気に移動を開始。立ち食い焼き鳥によりながら、横須賀中央駅を経由し、衣笠方面へあるくあるく。のりまきさんが入ったのはCafe RRROOM。看板猫(のりまきさんは化け猫といった)が椅子に鎮座するお店は、とても丁寧にコーヒーを淹れてくれる。私はキャラメルティをオーダー。みなさん思い思いのドリンクをオーダーする。オーダーから到着までの20分、ウィキペディア談義は続く。私は看板猫と戯れながら、横須賀ガイドブックを読んだりして時間を過ごしました。

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1時間ほど、ねこと戯れた私、いや一行は坂を駆け上り横須賀中央図書館へ。すぐさま全員が郷土資料室へ直行。スチームハンマー、ペリー記念碑、その他思い思いの資料をコピーしたり、読み込んだりされています。私はいつものごとく、写真捜索で昭和初期の写真を探索しますが、時間切れ。あっという間に17時を迎えてしまいました。

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17時30分からの夕食は、汐入で定食屋さん。どこかのテレビ番組、きたなうまいみせ(仮名)企画で出てきそうなお店。お昼に横を通ったところお客さんはいっぱい。何が出てくるのだろうかと思ったところ、破れたメニュー、壊れた扉、畳はゆるゆる。不安要素しかないが、味は格別。