「ウィキペディアタウン in 秋葉原 Vol.4」でお手伝い(講師)

二松学舎大学 AKIBA Lab.で15日に開催された「ウィキペディアタウン in 秋葉原 Vol.4」。今回、初参加の私が講師をさせて頂いたのですが、久しぶりに文才のみなさんにお会いできたので一人楽しくウキウキしていました。今回のイベントでは、くさかさんのピンチヒッターとして講師を担当することになりました。主催者である二松学舎大学の谷島先生は、以前開催した「のりまきが案内する横須賀ツアー(意訳)」にご参加いただき、一緒に旅をさせて頂いてからの御縁です。

AKIBA Lab.は、二松学舎大学が運営するサテライトキャンパスです。場所は私がデジタルカメラのSDカードを買いに来るお店の裏側という、私には馴染みの空間でした。ビルのワンフロアを借りる形で運営されていて、共有スペースと講義室で構成されています。いつもであれば、平日の日中を学生に開放して使用しているそうで、室内にはノート型PCが常設されていたり、壁の一面がホワイトボード兼スクリーンになっていて、クリエイティブな空間を作りたいという意図が伝わってきます。そして、中には全国(しかし東京など一部がない)の地名辞典が並べられた棚や東京近郊美術館巡りなどの本が置いてありました。むしろこの本棚を使って編集イベントをしてみたい気分になっていました。

さて、今回のイベントはPeatixからの募集・告知になりました。定員15名というイベントですが、1週間以上前には定員になっていました。12月の「もっとつながるFM」の生放送で告知させていただいたご縁もあるのかもしれません。そして、この取り組みは、千代田区が行っている千代田学事業の一つとして助成されているとのことで、継続二年目の助成事業とのことでした。実際、会場には古本屋さんから集めたと思われる写真集や文献が大量に並べられていました。写真撮り忘れた...

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谷島先生と開始直前の打ち合わせでお伺いしたのは、基本的に今回の準備はゼミの学生にお願いしたとのこと。これまでの企画は先生が準備してやる「楽しみ」なイベントだったのが、この日の企画だけは「不安」なイベントだとおっしゃっていました。10時15分の開会宣言後、先生から当日のスケジュールを簡単にご説明いただき、私のレクチャーに入りました。今回は図書館での開催ではなかったことから、前回の県立長野とは少し流れが違いますが、「ウイキペディアの概要」などの説明は同じ形で説明しましした。時間はできる限り短くしながら、要点は掴むように努力しました。

谷島先生による開会宣言。これで秋葉原のウィキペディアタウン開催は4回目になった。

少し早く終わったレクチャーの後は、学生さんによる執筆項目の説明です。今回設定されたのは「三崎稲荷神社」「連雀町」「三崎座」の3テーマ。自分たちが事前調査した内容を簡単に説明し、参加者の興味をそそります。

学生は1人1テーマを数分にまとめて説明する。説明の具合は事前調査の本気度が伺える。

ここからは、秋葉原のキャンパスを飛び出しまちあるきに移ります。私は「三崎座」「三崎稲荷神社」合同チームに同行しました。秋葉原駅から水道橋駅まで2駅分を徒歩で移動します。水道橋駅までの移動で11時30分に近づいていましたので、これで12時までに解散できるのか不安だったのですが、ぴったし12時に日大法学部前で解散となりました。まちあるきの成果はしっかりと記事に現れていますので、是非ご覧ください。

正午に解散した我々のチームですが、いつもの時間に起きている私ははらぺこあおむし状態。目の前に「へぎそば」の提灯がはっきりと見えていて、解散前から行く気満々。秋葉原方面に徒歩で帰られるという皆さんを送り出し、ひとりでへぎそばのお店「杉乃屋」へ。店内はまだ空席が目立ち正直お店に入っていいのか迷うほどでした。頼んだのは、お昼の定食。丼やてんぷらなどが選択可能、これで1000円ちょっと。

杉乃屋 総本店
〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-11-3 村松ビル1F

ひさしぶりのへぎそば。

13時からスタートする執筆時間ですが、20分前には皆さん資料を物色し始めるという状況でした。ちょっと早すぎる気はしたのですが、先生も読み始めたので私は一人執筆方法レクチャーの準備に勤しみました。各テーブルに、逃亡者さん・のりまきさん・Swaneeさんスタンバイしてくださり、早大ウィキペディアンサークルの学生さんや、どう見ても執筆経験者だろというスーツ姿の男性など、多種多様な方が揃い、円滑に記事執筆が進行した印象です。今回は、初心者が多く参加した際に実施する「オリジナルワークシート」を用いての説明は省きました。改めて、今回完成した記事は次の3点です。各テーブルから初執筆の方を中心に、どのような点に注意して執筆したのかを発表いただきました。

三崎稲荷神社。見出しごとに担当を決めて執筆した。記事の内容については、ゼミで用意してくださった資料が充実していたので、それを見ながら執筆することができた。写真は、まちあるきでかなり撮影することができた。ちなみに水盤は江戸時代の後期のもの。

連雀町_(東京都千代田区)。かつて神田区にあった一地域。一通り街を歩いてどんな施設があるのか、看板や由来を読み込んで実際に記事に落とし込んだ。実施方法としては、記述したいことを出し合い、それを整理する形で進めた。一番困った点は旧町名ジャンルの記事が少ないとのこと。そのため記事の執筆にあたって、参考にする記事がなかったことで記事イメージをつかむことが難しかったという。見どころは、町名の由来が一番で、その次に文化財など歴史ある建物の情報が明記された点。樋口一葉が語っていることを引用として掲載した。逃亡者さん「まちあるきでいっぱい写真を撮影したのに、1枚も載せられていないことが悔やまれる」。

三崎座。記事構成としては、概要・開設経緯・特徴・開場後の変化をまとめた。まちあるきをしたが、現状のこっているものがないため、写真が掲載できないのは記事上、説明が難しくなると思った。この三崎座は神田三崎町にある劇場群「三崎三座」の一つ。資料ベースで調べていて劇場に大小の区別がされるようになった*1。最後は神田劇場に名前を変えることになるが、その流れがわかるように記事構成を考えた。のりまきさん「当時歌舞伎が上に見られていて、下に見られがちなスキマ産業の劇場。今でいうAKB48のようなアイドルグループのようなもの。今も昔も変わらないと思いながら、ゲラゲラ笑いながら書いていた」。

主催の谷島先生から「かなりレベルが高い記事が完成できたと思う。この記事が数時間前まで存在しなかったというのが、むしろ嘘のよう」との率直な感想をいただいた上で、改めて今後の展望をお伺いしました。

三崎三座という単語を調べると、「東京座」と「川上座」の記事は存在していて、「三崎座」は存在しなかったから重要ではない、のではなく、必ずしもそうではなく、記事があることでこんな意味があった、役割があったということを知ることができる項目が今日できたことはすごいことだと思う。それが専門家ではない人でも記事を作っているということがすごい時代だし、その可能性を生かせればと思い、ウィキペディアタウンを開催している。

今回始めてウィキペディアを書いてみた方に感想を聞いてみたい、という谷島先生の誘い文句に乗せられるように、初執筆の方からもご感想をいただきました。

  • 正直数行しか書けなかったが、作法を学んで理解することができた。また、他の記事を見て自学できるレベルまで成長できた。
  • 図書館のことを大学で教えている。図書館は調べものをする場所なので、非常にウィキペディアとの親和性が高いと思った。自分自身でもやっていきたいし、教育の場でもできればと思った。
  • 査読(レビュー)を受けている情報が世の中には多くあり、それを見ることに慣れているが、いきなりウィキペディアですぐに情報が公開されるということに、やはりプレッシャーを今でも感じている。あと、ウィキペディアを書くときに、ウィキペディアで調べようとしてしまった(笑)。Google検索をすることに慣れているので、信頼される情報源で出典を明記することは、大事なことだと感じた。(谷島先生の返答「なかなかですよ、この記事たち。」=プレッシャーになるものではないですという意味)
  • ウィキペディアタウンの参加は2回目だが、記事執筆は初めての経験。実際にやってみて意外にできそうというのが率直な感想。“まちあるきをして、興味を持って調べる”という行動をとることは、より調べることの面白さを実感できるので、他のイベントにも参加してみたい。
  • 2時間30分の時間、大変だなという印象だった。終わってみると、ここまで出来上がるのかというのに凄さを感じた。ウィキペディアを大学や会社で使うことがあるが、一人ひとりがコツコツ執筆してつみあがってきた成果が記事になっているのだと改めてすごいと思った。

谷島先生のまとめ

ウィキペディアは玉石混交だと思うが、玉を増やすという努力は必要でそのためには、出典資料に当たってそれをちゃんと記述することが必要。ウィキペディアタウンに興味を持つ方は図書館の方の割合が多いが、玉を作るためには大量の資料が必要でその資料は図書館にあるので、その組み合わせはとても大事。一方で、大学も大事だと思っていて、学生は学ぶという点でも玉を作っていくという点でもいろいろな役割を出せるのではないかと思い、ゼミの活動としてウィキペディアタウンを開催している。

今日の執筆記事はもう公開されているので、みなさんには少しばかしの責任が発生している。自分が作り出したものの行方を定期的に見ていてほしいと思う。ウィキペディアタウンがいろいろな大学のゼミでできることが最大の野望。

谷島ゼミで皆勤賞の学生さんは「少しずつ、準備する部分から関わってきて、運営としてもできることが増えてきたかなと思う。今回の執筆対象記事についてはすべて自分で推薦して決めたものだったので、愛着もあった。本当に無事に終わってよかったと思った。」と感想を頂きました。


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*1:のりまき氏曰く「単純に大きさの大小で大劇場・小劇場の区別がされているわけではない」とのこと